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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1962号 判決 1984年6月11日

控訴人 高村重男

右訴訟代理人弁護士 圓山潔

同 阿部博道

被控訴人 稲葉定夫

右訴訟代理人弁護士 瀬戸和海

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴人訴訟代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  主張

次に付加するほかは、原判決事実摘示の「第二 主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決二丁表三、四行目の「株式会社サンケイ開発(以下「サンケイ開発」という。)」とあるのを「株式会社サンケー開発(以下「サンケー開発」という。)」と改め、以下すべて「サンケイ開発」とあるのを「サンケー開発」と改め、同丁裏九行目の「その旨」のあとに「を控訴人に」を付け加え、同五丁表九行目の「原告」とあるのを「控訴人」と改める。)。

(控訴人)

被控訴人の再抗弁事実は否認する。

仮にサンケー開発が昭和五七年一二月一日取締役会を開き本件債権譲渡を承認したとしても、会社が取締役以外の者との間で会社と取締役との利益相反する取引をするには、その取引前か又は遅くともその直後に取締役会の承認の議決を得る必要があると解すべきところ、右サンケー開発取締役会の承認は、本件債権譲渡直後を経過した原審において当初の弁論を終結してからされたから無効である。

(被控訴人)

控訴人の右主張は争う。

三 証拠《省略》

理由

一  サンケー開発が昭和五二年六月一九日控訴人からその所有にかかる高村ビル内の一部分を家賃坪当り四、〇〇〇円で賃借し、ここでロアールなる商号で喫茶店を営んだこと(以下、右賃貸借部分を本件店舗という。)、サンケー開発は業績が思わしくないため、昭和五六年二月二日控訴人との間で右賃貸借契約を解除するとともに、控訴人に対し本件店舗内所在の造作、什器、備品一切を代金六一〇万円、その支払方法としては、①同日控訴人は一〇万円を支払った、②四〇万円については、サンケー開発が賃料支払いのため供託した供託金をサンケー開発が取り戻して受領する、③残代金六〇〇万円は同年二月一五日に支払うとの約定で売渡したことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、サンケー開発は昭和五六年二月二日被控訴人に右売買残代金債権六〇〇万円を債権譲渡し、控訴人に対し同年同月一〇日付、同日到達の内容証明郵便による書面でその旨を通知したことが認められる。

二  抗弁1について

《証拠省略》によれば、控訴人は昭和五六年三月一六日サンケー開発に到達の内容証明郵便による書面で、本件売買契約締結の意思表示を取消す旨の意思表示したことが認められる。

ところで、《証拠省略》によれば、右造作、什器、備品の中には、サンケー開発においてその購入代金を未払いにしているものや、他からリース物件として借受けたものがあったことが認められる。しかし、《証拠省略》によれば、サンケー開発は、前記賃貸借契約締結に際し、控訴人に対し保証金として一一〇万円を交付したこと、サンケー開発は昭和五五年六月ころ営業不振に陥ったため、前記賃貸借を解消しかつ控訴人をして本件店舗内の造作、什器、備品のほか営業権を買取らせ、更に控訴人の前記保証金の返還を受けて、右代金及び返還金を資金として事業の立直しをしようと企図し、以来その折衝を重ねたが、金額の点につき折合いがつかないでいたこと、ところが、サンケー開発の債権者らが昭和五六年二月ころサンケー開発の倒産に備え、債権回収のため本件店舗に立入ることが予想されるに至ったので、サンケー開発と控訴人とは、急遽右造作、什器、備品の代金のほか営業権の代金、前記保証金の返還金を含めた代金を六一〇万円と定めて本件売買契約を締結するに至ったこと、サンケー開発の代表取締役であった加藤とは、本件売買契約締結の際控訴人に対し、右造作、什器、備品のうち購入代金未払いのものや他からのリース物件については、後日精算する旨を告げたことが認められる。この事実に照らせば、前記認定の造作、什器、備品の中にはサンケー開発においてその購入代金を未払いにしているものや他からリース物件として借受けたものがあったことから、サンケー開発が控訴人をして本件店舗内の造作、什器、備品の中にはサンケー開発においてその購入代金を未払いにしているものや他からのリース物件はないものと誤信させようとする故意を有していたことを推認することはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

控訴人は、サンケー開発が控訴人に対し、本件店舗内の造作、什器、備品の引渡及び同店舗の明渡しをしなかったと主張し、《証拠省略》によれば、サンケー開発は本件売買契約締結のころ控訴人に本件店舗のものとして鍵を交付したが、これは本件店舗のものとは異っていたこと、控訴人は昭和五六年七月三日本件店舗に対するサンケー開発の占有を解き、執行官の保管とする旨の仮処分決定を得て、その執行をしたことが認められるが、《証拠省略》によれば、被控訴人は昭和五六年三月三〇日控訴人を債務者として本件店舗内に所在する造作、什器、備品の一部につき仮差押の執行をしたことが認められ、また、サンケー開発は本件売買契約締結以後は本件店舗内に立入って営業をしていたことを認めるに足りる証拠は存しないところであり、これらの諸点を総合考慮するときは、サンケー開発が控訴人に対し交付した鍵が本件店舗のものとは異っていたこと及び控訴人がサンケー開発に対し右仮処分をするに至ったことはサンケー開発が控訴人に対し本件店舗内の造作、什器、備品の引渡し及び同店舗の明渡しをしなかったことの証左ということはできない。かえって《証拠省略》によれば、サンケー開発は本件売買契約締結の直後ころ控訴人に対し、本件店舗を明渡すこと及びその中に存在する造作、什器、備品一切を引渡す旨を告げ、その占有、管理を移転したことが認められる。

そうすれば、その余の点につき判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2について

サンケー開発が多額の債務を抱え、昭和五六年初めころ手形不渡りを出して倒産したことは当事者間に争いがなく、サンケー開発の債権者らが昭和五六年二月ころサンケー開発の倒産に備えて債権回収のため本件店舗に立入ることが予想されたため、サンケー開発と控訴人とは急遽本件売買契約を締結するに至ったことは前示のとおりである。そして、《証拠省略》によれば、サンケー開発は本件売買契約締結の際、控訴人に対し、本件売買代金債権は他に譲渡せず、本件売買代金は右債権者らに分配して支払う旨を約したことが認められ、これに反する証拠はない。

控訴人は、被控訴人においてサンケー開発から前記債権譲渡を受けた際右債権譲渡禁止の特約の存在することを知っていたと主張するが、これにそう《証拠省略》はたやすく措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

してみれば、控訴人は被控訴人に対し、右債権譲渡禁止の特約の存在を対抗することはできないといわなければならない。

四  抗弁3について

株式会社がその取締役個人の第三者に対して負担する債務につき、取締役のために弁済又は代物弁済をするときは、取締役個人の利益となり会社に不利益を与える行為であるから、商法二六五条に定める取引に当り、取締役会の承認を受けることを要すると解するのが相当であるが、会社に対し売買代金債務を負担している買主は、会社が右売買代金債権をもって取締役個人の第三者に対して負担する債務につき、取締役のために代物弁済として債権譲渡をした場合に、それが取締役会の承認を得ていないことをもって、その無効を主張することは許されない。けだし、商法二六五条は取締役個人と会社との利害が相反する場合に取締役個人の利益を図り、会社に不利益な行為がみだりに行われることのないようにこれを防止しようとするにほかならないから、会社に対し売買代金債務を負担している買主たる債務者の側から右債権譲渡の無効を主張する利益ないし利害関係はないからである。

そうすれば、サンケー開発が被控訴人に対してした本件債権譲渡につき、右債務者たる控訴人はそれが商法二六五条所定の取締役の承認がないことをもってその無効を主張することは許されないものといわなければならない。

五  抗弁4について

控訴人は、サンケー開発において、控訴人に対し本件店舗の鍵を引渡さず、前記造作、什器、備品につき、その売主に対する代金の支払いをしなかったから、被控訴人に対し本件売買残代金の支払義務はない旨主張するが、本件売買契約によるサンケー開発の債権内容は右造作、什器、備品の代金、本件店舗における喫茶店ロアールの営業権の代金、本件店舗の賃貸借の保証金の返還金を含むことに照らせば、サンケー開発の本件店舗の鍵の引渡し及び右造作、什器、備品のその売主に対する代金の支払と控訴人の本件売買残代金の支払とが対価関係に立つものと解することはできないし、前掲二で説示したところによると、サンケー開発において、その譲渡にかかる備品等について未払代金等の債務の存しないことを保証していたとはとうてい認められない。

そうすれば、控訴人はサンケー開発において控訴人に対し本件店舗の鍵を引渡さず、かつ、前記造作、什器、備品につき、その売主に対する代金が未払いであることをもって被控訴人に対し、本件売買残代金債務の履行を拒むことはできないというべきである。

六  被控訴人が本件売買残代金債権六〇〇万円につき四〇万円の弁済を受けたことは被控訴人の自認するところである。

七  そうすれば、控訴人は被控訴人に対し右残代金五六〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五六年四月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、被控訴人の右請求を認容した原判決は相当である。

よって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 磯部喬 川﨑和夫)

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